トップページ > フォト(タイ関連) > 【タイ北東部】 コーラート1(ナコーン・ラーチャシーマー)
【タイ北東部】コーラート1
タイ北東部:
コーラート Koratのフォトギャラリーです。
(ナコーン・ラーチャシーマー Nakhon Ratchasima)
街のほぼ中心の広場に「タオ・スラナーリー」の像が建っています。
写真は「タオ・スラナーリー」像の周辺の街の様子。
イサーン(タイ北東部)の玄関口にして北東部最大の都市、コーラート(ナコーン・ラーチャシーマー)。
バンコクから北東へおよそ250Kmに位置し、先史時代のものや、ピマーイ遺跡などのクメールやアユタヤー時代の遺跡が点在する街であり、また近年では、工業かも進められ、日本人駐在員も多いとか。

また、このページ下方にある「
カオ・チャン・ンガーム」や「
バン・プラサート」などでは、古代の遺物も多く発見されています。
街の中心には、人々の誇りであり、またランドマークにもなっている
「タオ・スラナーリー Thao Suranaree」(ヤー・モー Ya Mo)の像があり、人々の信仰を集めています。
(
ピマーイ歴史公園は、コーラート2を参照)
【コーラート】タオ・スラナーリー(ヤー・モー)
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街のほぼ中心の広場に「タオ・スラナーリー」の像が建っています。
(写真は「タオ・スラナーリー」像の周辺の街の様子)
街のほぼ中心の広場に「タオ・スラナーリー」の像が建っています。
写真は「タオ・スラナーリー」像の周辺の街の様子。
・「タオ・スラナーリー」とは:
時は1826年、ラーマ3世統治下の時代。
領主などがバンコクに行って留守の間、タイの属国であったビエンチャン王国(ラオス)のアヌ王(アヌウォン王)が反旗を翻し、コラートに攻め込みました。
そこで当時、副領主の妻であった「ヤー・モー」は、機転をきかせ、 敵に酒をふるまって酔ったところをタイ軍が撃退したそうです。ラーマ3世はこの功績を称え、「タオ・スラナーリー」の称号を授けました。
この像は、1934年に建てられたもので、タイの人々からは「ヤー・モー」(モー夫人)の名で親しまれ、町の守護神として深く敬愛されています。
毎年3月下旬から4月上旬に、彼女をたたえる「タオ・スラナーリー祭」が行われているようです。
(タイのジャンヌ・ダルクと言われているらしいです。
→ ジャンヌ・ダルクに例えるのは、日本人だけのような気がしないでもないですが)
ちなみにアヌウォン王は、タイに正面から戦いを挑んだ唯一の王として、現在でもラオスの英雄だそうです。 |
ヤー・モー1
(タオ・スラナーリーの像。人々がお参りしています。)
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ヤー・モー2
(タオ・スラナーリーの像、近撮)
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ヤー・モー3
(像の前では、人々が座ってお祈りしています。)
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ヤー・モー4
(像の下に、金箔が貼られた像があります。
こちらも「タオ・スラナーリー」でしょうか。)
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ヤー・モー1
(タオ・スラナーリーの像。
人々がお参りしています。) |
ヤー・モー2
(タオ・スラナーリーの像、近撮) |
ヤー・モー3
(像の前では、人々が座ってお祈りしています。) |
ヤー・モー4
(像の下に、金箔が貼られた像があります。
こちらも「タオ・スラナーリー」でしょうか。) |
ヤー・モー5
(像の後ろ手には、門があります。
ここをくぐると、いつかコーラートに戻って住むことになる、と信じられているとか。)
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ヤー・モー6
(像の前の通りの様子。
色々なものを売ってます。)
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ヤー・モー7
(こちらも像の前の通りの様子。
タイシルクを売ってます。
(2反ほど買いました。))
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ヤー・モー8
(像の近くにあるゲート。これといって何もありませんが。^-^) )
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ヤー・モー5
(像の後ろ手には、門があります。
ここをくぐると、いつかコーラートに戻って住むことになる、と信じられているとか。) |
ヤー・モー6
(像の前の通りの様子。
色々なものを売ってます。) |
ヤー・モー7
(こちらも像の前の通りの様子。
タイシルクを売ってます。
(2反ほど買いました。)) |
ヤー・モー8
(像の近くにあるゲート。
これといって何もありませんが。^-^) ) |
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【コーラート】太古の壁画
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コーラートからおよそ50Kmにある「カオ・チャン・ンガーム」(Khao Chan Ngam Cave)。
ここには、約3000年前の壁画があります。(1938年に発見されたそうな)
コーラートからおよそ50Kmにある「カオ・チャン・ンガーム」(Khao Chan Ngam Cave)。
ここには、約3000年前の壁画があります。(1938年に発見されたそうな)
写真にあるように、山の中をちょっと登ったところにひっそりとあります。
(コーラートへ行く途中にちょっと寄ってみました。^-^) ) |
カオ・チャン・ンガム1
(山の中を少し登ると、仏像があります。)
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カオ・チャン・ンガム2
(仏像の上の岩のところに壁画が描かれています。)
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カオ・チャン・ンガム3
(ちょっとボケてますが、壁画のアップ。
人や動物、また左の人は弓矢をもっているように描かれています。
説明のボードからすると、32人の男女と子供が描かれているとか。)
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カオ・チャン・ンガム1
(山の中を少し登ると、仏像があります。) |
カオ・チャン・ンガム2
(仏像の上の岩のところに壁画が描かれています。) |
カオ・チャン・ンガム3
(ちょっとボケてますが、壁画のアップ。
人や動物、また左の人は弓矢をもっているように描かれています。
説明のボードからすると、32人の男女と子供が描かれているとか。) |
カオ・チャン・ンガム4
(更に上のほうにも、何かあるらしいですが、行ってません。^-^;) )
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カオ・チャン・ンガム5
(こちらにも何か描かれているとかいないとか。写真からは分かりませんが。^◇^) )
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カオ・チャン・ンガム6
(入り口付近の注意書きの看板。
帽子をとりなさい、タバコは吸わない、などの注意書きが書かれてます。)
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カオ・チャン・ンガム7
(上に行く途中にあるラーマ5世?の像)
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カオ・チャン・ンガム4
(更に上のほうにも、何かあるらしいですが、行ってません。^-^;) ) |
カオ・チャン・ンガム5
(こちらにも何か描かれているとかいないとか。
写真からは分かりませんが。^◇^) ) |
カオ・チャン・ンガム6
(入り口付近の注意書きの看板。
帽子をとりなさい、タバコは吸わない、などの注意書きが書かれてます。) |
カオ・チャン・ンガム7
(上に行く途中にあるラーマ5世?の像) |
※)説明ボードの内容
<Rock Painting at Khao Chan-Ngam Cave>
The rock painting here are one of the most important archaeological evidence
of northeastern Thailand.They were found in 1938.
Its painted on the vast rock cliff, 3-4metres above the ground.
From the study, the paintings were painted red in order to depict the lifestyles
and activities of mankind in late pre-historic periods, living around 3,000
to 4,000 years ago.
There are 32 figures, 28 males, 2 females and a child.
The animals are chickens or bird, an animal like hedgehogs, tigers, lions
and dogs.
There is one painting illustrating bows and arrows.
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【コーラート】バン・プラサート
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コーラートからおよそ45Kmのアムパー・ノーン・スーン(Amphoe Nong Sung)にある「バン・プラサート」。
ここは、先史時代(鉄器時代とか青銅器時代)の遺物(人骨、装飾品、陶器など)が多く発見されています。
コーラートからおよそ45Kmのアムパー・ノーン・スーン(Amphoe Nong Sung)にある「バン・プラサート」。
ここは、先史時代(鉄器時代とか青銅器時代)の遺物(人骨、装飾品、陶器など)が多く発見されています。
調査によると、ここは先史時代にはタイ北東部の農業地帯であり、ウドン・ターニー県の「バン・チアン(Ban Chiang)」のものとは異なる独自の文化があったようです。
ここ「バン・プラサート」には、博物館と発掘場所3箇所を見て回ることができます。
ちなみに、ホームステイも募集(?)しているようで、あちらこちらにホームステイができる家(看板が出ています)があります。
(上の写真:博物館内に展示されている発掘作業の様子)
ちなみに、バン・プラサート(Ban Prasat)は、以下の2つの賞を受賞しています。
・遺産と文化のための、PATA Gold Award 1994(PATA: Pacific Asia Travel Association)
・観光事業の秀逸さのための、ASENTA Award 1996(ASENTA: ASEAN Tourism Association) |
バン・プラサート博物館(Ban Prasat Museum)
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まずは、博物館をのぞいてみましょう。
ここには、3箇所ある発掘現場の情報や、発掘されたものの展示、またそれらに加え、今日のコーラートの人々の暮らしが紹介されています。
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先史時代の家
(先史時代は、このような家で暮らし、動物は、水牛、犬、豚、ニワトリなどがいたようです)
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人骨
(地下およそ5mで発見されたもの。
頭の辺りに貝殻、肩の周りには陶器が置かれていたようです)
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住居地帯の様子
(調査によると、この地帯は、堀に囲まれた楕円形のものであったようです)
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陶器
(発掘された陶器。大きなラッパ状の口を持ち、赤色です)
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先史時代の家
(先史時代は、このような家で暮らし、動物は、水牛、犬、豚、ニワトリなどがいたようです) |
人骨
(地下およそ5mで発見されたもの。
頭の辺りに貝殻、肩の周りには陶器が置かれていたようです) |
住居地帯の様子
(調査によると、この地帯は、堀に囲まれた楕円形のものであったようです) |
陶器
(発掘された陶器。
大きなラッパ状の口を持ち、赤色です) |
装飾品
(装飾品も、色々発見されています)
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陶器作り
(先史時代より陶器が作られ、食べ物や水を入れたりしていました。
陶器作りは今でも続いています。)
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お米の儀式
(お米を守る女神がいると信じられ、年に2回(12月と3月に)、稲わらで作った人形とともに供物を捧げる儀式を行っているようです)
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精霊のお祭り
(年に一度、5月または6月に、精霊の家(Spirit House)のお祭りがあります。
お坊様達がお祈りを捧げ、供物を捧げ、音楽が奏でられます。)
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装飾品
(装飾品も、色々発見されています) |
陶器作り
(先史時代より陶器が作られ、食べ物や水を入れたりしていました。
陶器作りは今でも続いています。) |
お米の儀式
(お米を守る女神がいると信じられ、年に2回(12月と3月に)、稲わらで作った人形とともに供物を捧げる儀式を行っているようです) |
精霊のお祭り
(年に一度、5月または6月に、精霊の家(Spirit House)のお祭りがあります。
お坊様達がお祈りを捧げ、供物を捧げ、音楽が奏でられます。) |
バッグ
(展示物はもう古くなってますが、このようなバッグなどを人々は作っているようですね)
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漁に使う道具
(こちらは、魚を捕らえるのに使う道具のようです)
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機織
(こちらは機を織るのに使っている道具のようです)
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暮らしの様子
(大きなウチワも生産物かも知れませんが、人々は主にお米を作り、その傍ら、敷物、バッグ、帽子などを作っている、と紹介されています)
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バッグ
(展示物はもう古くなってますが、このようなバッグなどを人々は作っているようですね) |
漁に使う道具
(こちらは、魚を捕らえるのに使う道具のようです) |
機織
(こちらは機を織るのに使っている道具のようです) |
暮らしの様子
(大きなウチワも生産物かも知れませんが、人々は主にお米を作り、その傍ら、敷物、バッグ、帽子などを作っている、と紹介されています) |
バン・プラサート(Ban Prasat)の発掘場所
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では、先史時代(鉄器時代とか青銅器時代)の遺物の発掘場所3箇所を、回ってみましょう。
発掘場所は、下の地図にある「丸の部分」です。

近くには川が流れ、また地図にはホームステイができる場所なども示されています。
結構曲がりくねった道をぶらぶら歩くため、天気の良い日は、帽子を用意した方が良いかもしれませんね。
発掘場所(excavation pit)では、左の写真に見られるように、発掘された時のままに展示されているようです。
最も古いものでは3000年前、とも言われる時代の人骨や、それと共に陶器、ブロンズの装飾品なども発見されています。
発掘場所(excavation pit)では、左の写真に見られるように、発掘された時のままに展示されているようです。
最も古いものでは3000年前、とも言われる時代の人骨や、それと共に陶器、ブロンズの装飾品なども発見されています。
いくつもの層(段差)があり、年代が異なっているのを物語っているようですね。 |
道の雰囲気
(こんな感じの、のどかな道をぶらぶら歩いて回ります)
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発掘場所
(3箇所ある発掘場所(excavation pit)は、写真のような作りになっていて、下に覗き込むようにして見ます)
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発掘場所
(3箇所ある発掘場所(excavation pit)は、写真のような作りになっていて、下に覗き込むようにして見ます)
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ホームステイ
(ホームステイできる場所も多くあり、写真もその1つ)
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道の雰囲気
(こんな感じの、のどかな道をぶらぶら歩いて回ります) |
発掘場所
(3箇所ある発掘場所(excavation pit)は、写真のような作りになっていて、下に覗き込むようにして見ます) |
ホームステイ
(ホームステイできる場所も多くあり、写真もその1つ) |
発掘場所内の展示物
(3つある発掘場所の1つでは、人骨もケースに入れて展示されています)
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発掘場所内の様子1
(下をのぞいて見たところ。多くの人骨が並んでいます)
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発掘場所内の様子2
(左の写真の一部をアップして撮影したもの)
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発掘場所内の展示物
(3つある発掘場所の1つでは、人骨もケースに入れて展示されています) |
発掘場所内の様子1
(下をのぞいて見たところ。
多くの人骨が並んでいます) |
発掘場所内の様子2
(左の写真の一部をアップして撮影したもの) |
発掘場所内の様子3
(こちらも下をのぞいて見たところ。
年代の差があることを物語る段差(層)や、陶器なども見て取れます。
腕にも装飾品がついているのが分かるものもあります。)
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発掘場所内の様子3
(こちらも下をのぞいて見たところ。
年代の差があることを物語る段差(層)や、陶器なども見て取れます。
腕にも装飾品がついているのが分かるものもあります。)
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発掘場所内の様子3
(こちらも下をのぞいて見たところ。
年代の差があることを物語る段差(層)や、陶器なども見て取れます。
腕にも装飾品がついているのが分かるものもあります。)
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発掘場所内の様子3
(こちらも下をのぞいて見たところ。
年代の差があることを物語る段差(層)や、陶器なども見て取れます。
腕にも装飾品がついているのが分かるものもあります。)
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発掘場所内の様子3
(こちらも下をのぞいて見たところ。
年代の差があることを物語る段差(層)や、陶器なども見て取れます。
腕にも装飾品がついているのが分かるものもあります。) |
発掘場所 no.2の説明
(Dvaravati(ドヴァーラヴァティーまたはタワラワテイー)スタイルの飾りしっくいや仏像も見つかっています。
Dvaravatiは、6〜11世紀の王国。)
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発掘場所 no.3の説明書き
(女性や子供の人骨が発見されており、全て東を向きだったようです。
貝やブロンズで作られた埋蔵物も発見されています。)
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発掘場所 no.2の説明
(Dvaravati(ドヴァーラヴァティーまたはタワラワテイー)スタイルの飾りしっくいや仏像も見つかっています。
Dvaravatiは、6〜11世紀の王国。) |
発掘場所 no.3の説明書き
(女性や子供の人骨が発見されており、全て東を向きだったようです。
貝やブロンズで作られた埋蔵物も発見されています。) |
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